除夜会
12月31日(水)23時30分~24時30分
本堂では浄土三部経を読誦。参拝の方は、除夜の鐘を撞いていただけます。
この1年の生活を振り返り、自分の行いを懺悔しつつ、仏さまと有縁無縁の方々に感謝しましょう。
元旦会
1月1日(木)10時~11時頃と13時~14時頃
初参り、法話の後、御抹茶接待があります。1年の始まりにお寺にお参りして阿弥陀さまにご挨拶申し上げ、少しでも仏さまのお心に沿うような生き方ができるよう自らを整えましょう。

昨年の元旦会の様子
五十六億七千万
弥勒菩薩はとしをへん
まことの信心うるひとは
このたびさとりをひらくべし
親鸞聖人がお書きになった「正像末和讃」の一首です。現代語にすると、
「弥勒菩薩(みろくぼさつ)は、五十六億七千万年のときを経て、ようやくさとりを開くであろうが、真実の信心を得る人は、この世の命を終えると、ただちに仏のさとりを開くことができる。」
となります。
浄土真宗的なうけとめかたをすれば、
・親鸞聖人は、信心をよろこび念仏を称える念仏の行者は、この一生が終われば、直 ちに浄土に生まれて仏となる等覚(正定聚)の位に入っているのだから、弥勒菩薩と同じ位にいると言われる。(現生正定聚の利益)
・弥勒菩薩と同じ位だからといって、私が弥勒菩薩のような勝れた菩薩になれるわけはなく、私は臨終に至るまで、外面的にも内面的にも煩悩にまみれた凡夫であることに変わりはない。
・凡夫が「弥勒と同じ」という最高の利益を得ることができるのは、阿弥陀仏の本願成就の名号をいただいているからである。
という話なのですが、新しい年を迎えるにあたり、56億7千万年という年月の長さについて考えてしまいました。
詳しい計算は自分ではできませんが、ある説によると…
弥勒菩薩が「悟りの52位」の51段階目である「等覚」の位に至るまでに、三阿僧祇劫(さんあそうぎこう)かかるそうです。具体的には10の56乗×3劫だそうなので、
100,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000×3劫
1劫というのもいろいろなたとえで説かれていますが、ある人の計算では、43億2千万年だそうなので、もうとにかくとてつもない時間です。
この間に、一切の悪い考えを起こさず、悪い言葉も使わず、悪い行いもせず、清らかな心で良いことをし続けないとなりません。
これだけの時間をかけてようやく等覚の位についた弥勒菩薩が今現在「兜率天(とそつてん)」におられて、そこで更にあと56億7千万年かけてご修行して、命を終えた後、我々の世界に生まれてこられ、竜華樹(りゅうげじゅ)の下でさとりをひらき(成仏し)、衆生を救済するために3回説法するといわれています。
ちなみにこの56億7千万年というのは、兜率天における1日がこの世界の400年にあたり、兜率天での平均寿命が4000歳だから(1年を360日として)
360日×400年×4000歳=5億7600万が、なぜか56億7千万年となったようです。
弥勒菩薩が「1日経ったなあ」と思ったときには、我々の世界では14万6000日(365日×400)経っていて、弥勒菩薩が「あけましておめでとうございます」と言ってから次の年にもう一度「あけましておめでとうございます」というまでに5329万日(14万6000年)経っている計算になります。
「いやこれ、無理ゲーすぎるでしょ!」
と思いませんか?
いまおられる阿弥陀さまをはじめとする仏さま方や菩薩さま方は、それほどまでのご修行をしてこられたということです。
そこまで苦労して仏さまにならないと救えない私って、いったいどんな存在なのでしょうか?
旧年中にした悪いことを反省し、懺悔して、新年にあたり1年分の目標をたてれば良いだけの私たちはずいぶんとお気楽なものですが、せめて年の初めには阿弥陀さまの前に座り、そのご恩に思いを馳せて手を合わせ、お念仏を称えさせていただきたいですね。
4日(日)日曜礼拝 お勤め 瞑想 法話 各自感話 8時~
11日(日)日曜礼拝 お勤め 瞑想 法話 各自感話 8時~
14日(水)預流(よる)の集い 13時~ 話し合い法座
15日(木)仏教入門(一緒に学んで楽しい仏教)13時~ 初めから学ぶ正信偈 第12回
18日(日)日曜礼拝 お勤め 瞑想 法話 各自感話 8時~
25日(日)日曜礼拝 お勤め 瞑想 法話 各自感話 8時~
28日(水) 歎異抄 13時~ 親鸞聖人に導かれて生きる
日曜礼拝・預流の集い・歎異抄のオンライン配信あります。限定公開なのでご希望の方はご連絡ください。
幸福という苦しみ
家族(特に母親)に対して複雑な思いがあり、悩んでいたある女性の話を聞いていて思ったことですが、私たちは無意識のうちに“幸せのかたち”というものを植え付けられています。
例えば、大きな家に住むとか、立身出世するとか、結婚するとか、家族が仲がいいとか、長生きするとか…。これが幸せですよ、と習わなくても、親とか周りの人間がそういう状況にある人を「すごいね」「いいね」「立派だね」などと話しているのを聞いているだけで、その状況を手に入れることが良いことで、“幸せ”であると刷り込まれてしまいます。
そして、それが手に入らなかったり、他人が持っているのを見ると、自分が幸せではないように感じ、苦しむことになります。あるいは、そのようにできない自分を責めて苦しむこともあります。
人から植え付けられた“こうであるべき”とか“こうであれば幸せ”という縛りから解放されれば、楽になります。親や子を愛しなければならないわけではありません。
お釈迦さまはおっしゃっています。
「愛する人と会うな。愛しない人とも会うな。愛する人に会わないのは苦しい。また愛しない人に会うのも苦しい。(210偈)
それ故に愛する人をつくるな。愛する人を失うのはわざわいである。愛する人も憎む人もいない人々には、わずらいの絆が存在しない。(211偈)
愛するものから憂いが生じ、愛するものから恐れが生ずる、愛するものを離れたならば、憂いは存在しない。どうして恐れることがあろうか?(212偈)」
『ブッダの真理のことば 感興のことば』 中村元訳 ワイド版岩波文庫
7日(日)日曜礼拝 お勤め 瞑想 法話 各自感話 8時~
10日(水)預流(よる)の集い 13時~ 話し合い法座
14日(日)日曜礼拝 お勤め 瞑想 法話 各自感話 8時~
15日(月)寺カフェ 13時~ 縮緬で作る椿の花
18日(木)仏教入門(一緒に学んで楽しい仏教)13時~ 初めから学ぶ正信偈 第11回
21日(日)日曜礼拝 お勤め 瞑想 法話 各自感話 8時~
24日(水) 歎異抄 13時~ 親鸞聖人に導かれて生きる
28日(日)日曜礼拝 お勤め 瞑想 法話 各自感話 8時~
31日(水)除夜会 23時30分~ 除夜の鐘
日曜礼拝・預流の集い・歎異抄のライブ配信があります。限定公開なのでご希望の方はご連絡ください。
「死すべき身なのに、なぜ浄土往生を願わないのか」・・・お釈迦さま
どうして人々は、各自が健やかな間に、浄土に往生することを願わないのであろうか。
そうすれば、とこしえにつきないいのちが恵まれるであろうに。
なぜ、道を求めないのだろうか。何を期待して生きているのだろうか。
いったい、どういう楽しみを欲しているのであろうか。
(浄土真宗 聖典 勤行集P170―4 仏説無量寿経)
「宗教の役割、寺院、僧侶の役割は何だろうか」
信心いただいても、老いは来ます、病気にもなります、死も来ます。
でも信心頂ければ、苦しみが減ります、やすらぎます、それが信心の醍醐味(本当の面白さ、深い味わい)です
生まれたら老いて、病んで、必ず死は来る。無常の法則です。
どうして本当の安らぎ、真実、生きがい、よりどころを求めないのだろうか。
現在伝統宗教は形骸化しています。
形も儀礼も大事です。尊いです。
もう一歩内容、教えを味わい、実践してみませんか。
「自分の生きがい、拠り所を持っていますか」拠り所を何に持つかを共に学んでみませんか。
目的 生きがい、よりどころを持ち、浄土への道を歩む。
儀礼、理論、実践すべてそろっています。
内容 作法(儀礼、読経)
教義(教え、理論)
実践(拠り所を持つ)
お勤め 瞑想 法話 参加者感話
毎週日曜日朝8時~9時頃
仏教を聞いていくと、見る風景がガラッと全く違うものに変わってくる。
今まで当たり前と思っていた日常が、有り難いものに変わっていく。
一つの事実に対していろんな見方、見え方がある。見えなかったものが見えてくる。
読み方と内容を味わう。教義を学ぶ。仏教、真宗の教義、理論を学ぶ。
初めての方にもわかるようにていねいに、お伝えします。
「善人なほもつて往生をとぐ。いわんや悪人をや。」
この言葉は教科書で読んだ方も多いと思います。
常識的な道徳観では理解できない逆説をどう考えるか。
そして優しく、厳しい言葉。
人生に行き詰まった時、人生の指南書のように読まれた仏教書。
仏教の枠を超えて、人々の心をとらえ続ける親鸞聖人の人間的魅力はどこにあるのだろう。
親鸞聖人の死後弟子の唯円が元々の教えとは異なる説が広まっている現状を歎き、生前直接聞かされた言葉を書き記した書。
預流(よる)とは、流れに預かる、つまり一歩足を踏み込むということです。
お寺に行く、法座に参加するというだけで、仏教の流れの中に入っている。
”仏さまのいのち”が還元してきている。
そのなかでの話し合い法座です。
例)コロナ時代における仏教徒。
最初に仏法をお話しして、各自、テーマに沿って発言。
仏教の実践になります。醍醐味=深い味わい、おもしろみがあります。
法友とは阿弥陀如来、仏法を中心に生活をしている友。
コロナ禍の中で人との距離を取る時代、心のつながりを大切にする集い。
例)色々な飾り物、実用品など物を作る、絵手紙、旅行、体操、ゲームなど。


岡崎 西光寺
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